「迷惑をかけずに生きる」は本当に正しいのか?
「迷惑をかけないように生きなさい」
「人に頼らず、ちゃんと自立しなさい」
「人様に迷惑をかけるな」
そうやって教わってきたけど、 本当にそうなのか?
人としてを重んじ、迷惑をかけずに大人しく生きる。
でもその結果、何も挑戦せず、力をつけることもなく、ただ「無難な人生」を歩んで終わる。
そんな人生、本当に楽しいのか?
自分の本音を押し殺して、 「他人の期待通りの人生」 を生きて、死ぬときに後悔しないのか?
俺は断言する。
若いうちは、迷惑をかけてもいい。
むしろ、とことん迷惑をかけてでも、自分の力をつけることに全振りすべき。
なぜか?
これから話す俺の考えを理解すれば、価値観が一気に変わるはずだから、最後まで読んでみてほしい。

人間は生きているだけで迷惑をかける生き物
そもそも、 生きること自体が迷惑。
赤ん坊のときは親に迷惑をかけ、学生のときは先生や友達に助けられ、社会に出ても誰かのサポートがなければ何もできない。
電車に乗れば、座席を奪い合う。
仕事をすれば、誰かのリソースを使う。
食事をすれば、農家や流通の人たちの手を借りる。
結局、人間は誰かに何らかの迷惑をかけながら生きている。
その事実から目を背けて、「俺は迷惑をかけていない」と思い込むこと自体が傲慢。
にも関わらず、「迷惑をかけないように生きなさい」と言われ続けると、どうなるか?
人に頼ることが悪いことのように感じる。
助けを求めるのが恥ずかしくなる。
自分の本音を押し殺して、社会の歯車として生きるしかなくなる。
結果、 自分の人生を捨てることになる。
家族のため、社会のため、常識のため、周りの期待に応えるために、 「自分の本当の願い」 を殺してしまう。
でも、それって本当に幸せか?
「迷惑をかけるな」と言われ続けた人の末路
世の中には、 「真面目すぎて壊れる人」 が山ほどいる。
公務員が突然犯罪を犯したり、長年我慢してきた人が鬱になったりするのは、 「自分を抑え込みすぎた結果」 。
本音を押し殺し、
「こうしなければならない」と自分を縛り、
周りに迷惑をかけないように生き続ける。
でも、人間の本能はそんなに強くない。
どこかで限界が来て、一気に爆発する。
家庭内暴力になるかもしれない。
職場の部下に怒鳴り散らすかもしれない。
ストレスで体を壊し、人生が破滅するかもしれない。
だったら、最初から「迷惑をかけない生き方」なんて、放棄してしまった方がいい。
少なくとも、若いうちは、とことん人に迷惑をかけてでも奔放に生きた方がいい。
若いうちに迷惑をかけまくるやつの方が、後でデカくなる
俺は10代、20代の頃、こんなことを考えていた。
「迷惑をかけるなって言うけど、どうせ人間は誰かに迷惑をかける生き物だ。
だったら、若いうちにとことん迷惑をかけまくって、その分死ぬほど力をつけて、後で何倍にもして返せばいいんじゃないか?
現に、世の中で大きな成功を掴んでいる人間は、みんな若い頃は相当無茶をしている。
とことん自分勝手に生き、 「自分の力をつけることに全振り」 してきた。
そして、後々になって大きな力を持ち、人様のために立派に生きている。
つまり、若いうちに迷惑をかけてでも、自分を成長させた方が、 人生のトータルで見れば圧倒的にプラスになる。」
結局、「途中経過」はどうでもいい
人生って、 桃太郎電鉄と同じだと思う。

途中で借金を背負おうが、マイナスを食らおうが、最後に莫大な資産を築けば、それで勝ち。
だから、「今、迷惑をかけること」にビビる必要はない。
むしろ、 迷惑をかけることを恐れている時点で、小さくまとまる未来が決まってしまう。
世間の常識や、家族の期待や、他人の目を気にして生きるより、
今はとことん自分のために生きろ。
誰かのために頑張るのは、その後でいい。
大事なのは、
「迷惑をかけないこと」じゃなくて、
「とっとと力をつけて、何倍にもして返すこと」
俺がここまで成長できたのは、
「今だけは神様に許してもらおう。でも、必ず力をつけて、その分人様に莫大な貢献をする」
と決めて、迷いも躊躇もなく生きてきたから。
だから、お前も今は迷惑をかけまくれ。
遠慮せず、自己中に生きろ。
その代わり、 「やるなら徹底的にやれよ」。
中途半端は一番さぶいし、結局また同じスタート地点に戻るぞ。
でかくなってから、何倍にもして返せばいい。
そうすれば、人生は 「本当の意味でプラス」 になるんだから。